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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)42号 判決

原告 大宮煉炭株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨、原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三十年抗告審判第一、二九二号事件について昭和三十二年七月二十五日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、「大宮煉炭株式会社」の文字を楷書体で一連に縦書しその上部に逆さの正三角形を正三角形に内接させたいわゆる三鱗の図形の記号を附記的に記載して構成された、別紙表示のごとき商標につき、第五十三類固形燃料類を指定商品として、昭和二十九年十二月二十四日に登録出額をしたところ(昭和二十九年商標登録願第三一、二五二号)、特許庁審査官は、昭和三十年五月二十日、右出願は商標法第二条第一項第九号の規定に該当する、として、拒絶査定をした。原告は右の拒絶査定に不服であつたので、昭和三十年六月二十三日抗告審判請求をしたところ(同年抗告審判第一、二九二号)、特許庁抗告審判官も、本願商標は、原査定において拒絶理由に引用した登録第二〇三、二六七号商標と称呼及び観念を共通にし、互に類似であり、指定商品も亦牴触しているから、本願商標は商標法第二条第一項第九号の規定に該当し、登録することはできないものとして、昭和三十二年七月二十五日に、本件抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、原告は同年八月三日右審決の謄本の送達を受けた。

二、この審決は、次に主張するように誤つた事実判断の上に立つており、取り消さるべきものである。

(一)  審決は、本願商標の三つ鱗の図形は顕著であるから、ミツウロコとも称呼し観念されて、三鱗の図形から成る引用登録商標と称呼及び観念を共通にし、互に類似であるとしたのであるが、本願商標は原告の商号である「大宮煉炭株式会社」の文字をきわめて顕著に縦書し、附記的に前記記号を記載して成るものであつて、原告が昭和三年十一月、その前身である磯部喜作の個人営業を承継して会社組織となつてから現在まで引き続いて永年その製造販売にかかる商品の固形燃料類の取引につき盛に使用し、需要者及び取引者に広く認識されており、引用登録商標とは一見外観を異にしているのみならず、引例がその構成上単に「ミツウロコ」と称呼し観念されるのに反し、本願商標は商取引上前記「大宮煉炭株式会社」から称呼及び観念を生じて、「オウミヤレンタンカブシキカイシヤ」又は「オウミヤレンタン」と称呼し観念されるが故に、引例とは彼此相紛れるおそれがなく、両者は類似しないものとすべきである。

(二)  原告は、本願商標中の「大宮煉炭株式会社」の文字につき、本願商標と同一商品なる固形燃料を指定商品として、昭和二十九年十二月二十四日登録出願をし(昭和二十九年商標登録願第三一、二五一号)、昭和三十一年三月十日登録第四七七、七〇〇号をもつて登録され、(昭和三十年八月二十四日出願公告)、また、「大宮煉炭」の文字を横書して構成された商標については、本願商標の連合商標として、これ亦本願商標と同一商品なる固定燃料を指定商品として、昭和二十九年十二月二十四日登録出願をし(昭和二十九年商標登録願第三一、二四八号)、取引者及び需要者間に広く認識されたものとして、昭和三十一年三月十日登録第四七七、六九九号をもつて登録されており(昭和三十年八月二十四日出願公告)、かつ一般取引者間においては本願商標を目して「オウミヤレンタン」と称呼し観念されている風習があり、また、本願商標中「大宮煉炭株式会社」又は「大宮煉炭」の文字が取引上誰でも親しみやすく読み易いところから、本願商標はこれを要部として称呼し観念され、しかもそのことは商取引の実験則であるから、本願商標はもつぱら「大宮煉炭株式会社」の文字又は「大宮煉炭」の文字から称呼及び観念を生ずるものというべく、本願商標に「三つ鱗」の図形があるの故をもつて、審決が引例と称呼及び観念を共通にするとしたことは不当であり、また前記記号を「大宮煉炭株式会社」の文字に比し顕著であるとしたことも、前記実験則を看過したものというべきである。

(三)  本願商標中いわゆる「三つ鱗」の図形は、俗に「ミツウロコ」と称し、特約をもつて、原告が訴外三鱗無煙炭株式会社(引例の登録商標の商標権者)、品川燃料株式会社、信濃三鱗株式会社、横浜煉炭株式会社、栃木三鱗株式会社及び大浜三鱗株式会社と共同で本願商標の指定商品である固形燃料類の取引に使用し、共同又は各別に広告宣伝をした結果、今や「三つ鱗」の記号をもつてしては前記各会社の何れの製品であるかを判別することができない状態にあるので、原告を初め前記各会社は、前記記号とそれぞれ自己の普通取引上使用している商号又はその略称若しくは愛称とを併記した商標をその製品に附して販売することにしており(引例の商標権者は、昭和十三年七月二十九日登録の登録第三〇四、八〇五号、昭和十三年商標出額公告第二、五五九号の登録商標がある。)、この風習のあることは一般取引者間に熟知されている。したがつて、本願商標における「大宮煉炭株式会社」の文字は、その商品の区別をする上に重要な役割をするものであるから、本願商標中「三つ鱗」の記号が顕著だということはできないし、特に顕著に書いた「大宮煉炭株式会社」の文字を看過することもできない筋合であつて、本願商標は、一般取引者における慣行上、引例と称呼及び観念を共通とするとすべきものではない。審決には、商取引上の実験則を標準としないで、本願商標の称呼及び観念を認定した不当があるというべきである。

(四)  仮に本願商標中の前記図形と「大宮煉炭株式会社」の文字とがその構成上軽重の差異がないとしても、そもそも商標の構成において軽重の差異のない文字と図形とから成る場合は、両者を不可分的一体のものとして観察して、称呼及び観念を生ずるとすることが、商取引の実験則であるから、本願商標は前記記号と文字とを不可分的一体のものと観察し、これから称呼及び観念を生ずるものとすべきであるのに反し、引例にはその文字を欠如するから、両者は称呼及び観念を共通にせず、類似しないものとすべきである。そして、このことは、〈伊〉の記号から成る他人の商標が登録されているにもかかわらず、「〈伊〉伊勢丹」なる商標が商標法施行規則第一五条に規定した各類別の商品について登録された事例に徴しても明らかである。

(五)  これを要するに、本願商標は、前記のような特殊の事由の存在のもとに、原告の標章として取引者及び需要者間に広く認識されており、引例とは称呼及び観念を共通にせず、また外観をも異にし、両者は同一又は類似でないというべきであるから、その指定商品が牴触しても、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当することなく、登録すべきものであり、これに反する本件審決は不当である。

第二答弁

被告指定代理人は、主文通りの判決を求め、次のように答弁した。

一、原告がその主張の商標(但し右商標中「三つ鱗」の図形が附記的であるとの主張は争う。)につき、その主張のとおり登録を出願し、拒絶査定、抗告審判請求を経て、原告主張の日にその主張のような理由のもとに右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、その審決書が原告に送達された事実は認めるが、原告の出願商標が「オウミヤレンタンカブシキカイシヤ」または「オウミヤレンタン」と称呼し観念されて、原告の商標として広く認識されている事実及び右商標中「三つ鱗」の図形が附記的である旨の原告の主張事実は否認する。

二、本件審査及び抗告審判において本願拒絶の理由に引用した登録第二〇三、二六七号の商標は、別紙表示のとおり「三つ鱗」の図形から成り、第五十三類煉炭、タドン、木炭、薪類、石炭、コークスを指定商品とし、昭和三年四月四日の登録出願、同年十一月二十三日の登録にかかり、昭和二十四年七月十三日その商標権の存続期間の更新の登録があつたもので、登録第二〇九、九一〇号ほか一三件の商標と連合の商標である。

本願商標は「大宮煉炭株式会社」なる原告商号を表わす文字を有するけれども、その上部にいわゆる「三つ鱗」の図形を顕著に表わして成るものであるから、「ミツウロコ」の称呼及び「三つ鱗」の観念をも生ずるものというべきで、「三つ鱗」の称呼観念を有すること明らかな引用の登録商標とは称呼及び観念を共通にする類似の商標であつて、指定商品も互に牴触するから、商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないものであること、審決の示すとおりである。

そして、仮に本件の出願商標は原告において永年これを使用し、需要者及び取引者に広く認識されていること、原告主張のとおりの事実があるとしても、本件出願商標から「三つ鱗」の称呼観念が生ずるとする、前記審決の認定をくつがえすべき理由とはならない。すなわち、審決は本件出願商標から「大宮煉炭株式会社」又は「大宮煉炭」の称呼観念が生ずることを否定するものではなく、ただ本件出願商標の構成上上部に顕著に表わしたいわゆる「三つ鱗」の図形と「大宮煉炭株式会社」の文字とは何ら必然的な関連を有するものにはあらず、各々が独立して単独に商標となり得るものであつて、かような場合に「三つ鱗」の図形は下の文字と独立して単に「三つ鱗」の称呼観念をも生ずるものであること、実験則の示すところである。また、本件出願商標が取引者間において「大宮煉炭株式会社」又は「大宮煉炭」と称呼観念され、或いは「大宮煉炭株式会社」の文字をもつて「三つ鱗」の図形のみより成る商標と区別されているという、原告主張事実はこれを認めることができないが、たとえさような事実が現にあるとしても、新規の取引者又は需要者がこれを混淆するおそれがないという理由にはならない。原告が引用登録商標についてこれを使用する権利を有するという事実を主張すること自体、本件出願商標が引用登録商標と類似のものであることを、原告自ら認めているものということができる。

三、要するに、取引における商標本来の使命は、営業者がその商品に自己の氏名、名称を表わしてその出所を明らかにする代りに、取引者又は需要者の注意をひき、その印象又は記憶に残り易い文字、図形、記号等をもつてするところにあるというべきであつて、かかる見地からするも本件の出願商標の商標としての要部は「三つ鱗」の図形にあるといわなければならない。他人の登録商標に自己の氏名又は名称(たとえ商標として登録を受けているものであるとしても)を附加することによつてその登録が認められるべきであるとする原告の主張は、上記商標本来の使命を没却するものというべきである。また、原告が既登録の事例として挙げるところは、他の事件に関する特例であつて、必ずしも本件の場合に適合するものではない。

本件抗告審判の審決には、上記のとおり何らこれを取り消すべき理由がない。

第三証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の商標登録出願から拒絶査定、抗告審判請求を経て、右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、その謄本が原告に送達されるまでの手続に関する事実並びに右審決の理由が、原告主張のように、出願の商標は引用の登録第二〇三、二六七号の登録商標と称呼及び観念を共通にする類似の商標であつて、その指定商品も互に牴触するから、商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないものであるというにあることは、当事者間に争いがない。

二、さて、本件出願商標は、逆さの正三角形を正三角形に内接させた、いわゆる「三つ鱗」の図形の下に「大宮煉炭株式会社」の文字を楷書体に一連に縦書して構成され(右図形が附記的のものであるかどうかについては争いがある。)、また引用の登録商標は右「三つ鱗」の図形から成るものであること(いずれも別紙表示のとおり)については、当事者間に争いがない。そして、商標が、本願商標のように、図形と文字との組合せで構成される場合にあつては、形の上での両者相互の位置、大小等の関係、及びそれぞれの表現する意味内容等を綜合して、社会観念上一方が他方によつて圧倒的に支配され、附記または附飾たるの従属的意義を有するに過ぎないものとされているのでない限りは、そのいずれもから独立して称呼及び観念を生ずることのある事実を妨げないものというべきところ、本願商標におけるいわゆる「三つ鱗」の図形と「大宮煉炭株式会社」なる文字との関係は、別紙表示のその商標に見られるように、形象としての位置や大小においても必ずしもまさりおとりのないものとみるを相当とし、かつ意味の上においても何ら必然的な関連を有するものでないから、原告の主張するように右図形は文字に対して単なる附記或いは附飾であるということはできず、したがつて、前者からは「三つ鱗」の称呼及び観念が、後者からは「大宮煉炭株式会社」または「大宮煉炭」の称呼及び観念が、それぞれ独立して生ずるものと認むべきである。

三、成立に争いのない甲第四、五、六号証(業界新聞)、証人磯部昌一の証言により真正の成立を認めうる同第三号証の一ないし一一、第七号証の一ないし五(三鱗煉炭向上会会費、広告料等領収書、広告宣伝に関する文書等)に右磯部証人の証言を併せ考えるときは、前記のいわゆる「三つ鱗」の標章は、同図形より成る商標の商標権者である訴外三鱗無煙炭株式会社が、原告会社ほか六会社と三鱗煉炭向上会(のちミツウロコ会と改称)なる会を作つて共同に使用しているもので、同会員らは共同してその製品の広告宣伝を行うとともに、毎月会合して製品の品質向上や右共同広告宣伝のための協議及び懇談をしてきており、原告はその会員として分賦金を納入している事実を認めることができ、原告は右共同使用の事実から、単に「三つ鱗」の図形のみをもつては何れの会社の製品であるかを区別することができず、したがつて本願商標からは「大宮煉炭株式会社」又は「大宮煉炭」なる称呼及び観念を生ずるに過ぎない、と主張するが、そのことは前記事情を知悉している者について言い得るに止まり、原告の製品たる固形燃料類の需要者の多数は、さような業界の内部事情には通暁していないと見るのを相当とするから、本願商標から「大宮煉炭株式会社」又は「大宮煉炭」の称呼観念とは別に、「三つ鱗」の称呼観念を生ずる事実を否定することができない。証人川上哲三の証言をもつてしても右認定をくつがえすに足りず、原告の引用する他の登録商標の事例も亦本願商標の場合と事実関係を異にするから、彼をもつてこれを推すことはできない。

四、本件出願商標は、引用の登録商標と「三つ鱗」の称呼及び観念を共通にし、類似するものというべく、また指定商品の相牴触することは原告も争わないところであるので、本願商標は商標法第二条第一項第九号によつて、これを登録することは許されないものと言わざるを得ない。これと同趣旨である本件審決は相当であり、その取消を求める原告の請求は理由がない。よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

本件出願商標〈省略〉

引用の登録第二〇三二六七号商標〈省略〉

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